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WDS   [戻る]

 試料に電子線を当て,試料に含まれる原子から出てきた特性X線を分光結晶(分光器)で波長ごとに回折し,その波長と強度から,試料に含まれる元素の種類と含有率を求める。

WDSの装置の概略図


銅(Cu)とインジウム(In)と硫黄(S)からなるインジウム銅鉱(roquesite,化学組成 CuInS2)の定性分析チャート

銀(Ag)と錫(Sn)と硫黄(S)からなるカンフィールド鉱(canfieldite,化学組成 Ag8SnS6)の定性分析チャート

WDSの定性分析では,分光結晶を,試料の分析点から180mm(220mmの場合もある)の遠い距離から4mm/分程度の速さで70mmの距離まで近づけるように「ローランドの円周」に沿うように動かしていき,試料から出てくるさまざまな特性X線のピークを上図のようなチャートに描き出す。この定性分析チャートは,横軸が試料から出る特性X線の波長にもとづく「試料と分光結晶との距離」(mm)で,縦軸は特性X線の強度(カウント)である(※強度は試料中の含有率が多いほど高くなる)。

 特性X線の波長は,原子番号の小さな原子から出てくる特性X線の波長は長く(エネルギーが小さい),原子番号の大きな原子から出てくる特性X線の波長は短い(エネルギーが大きい)。したがって,分析に用いる分光結晶は,原子番号が比較的小さい元素の分析には格子面間隔が大きいSTE,RAP,TAPなどの分光結晶を用い,中くらいの原子番号の元素の分析には格子面間隔が中くらいのPETなどの分光結晶を用い,大きな原子番号の元素の分析には格子面間隔が小さいLiFの分光結晶を用いる。
 これらの分光結晶は各チャンネル毎(上の「WDSの装置の概略図」では2チャンネルしか表していないが,通常の機種では3〜5チャンネル装備されている)に取り付けられており,分析目的の鉱物が含む元素にあわせて,交換できるようになっている。

※特性X線には高次線(2次線以上(n=2,3・・・))というものがあり,これはEDSでは検出できないがWDSでは時に検出される。高次線は弱いピークなので定量分析には用いられない。 → 定性分析チャートの横軸(mm)において,2次線は1次線の2倍の距離に時に現れる弱いピーク(例:下のLiFの赤いプロファイルに見られるPbLα(2次線),BiLα(2次線))で,3次線は1次線の3倍の距離にまれに現れる非常に弱いピークである。

 なお,WDSは試料に照射する電流(試料電流(照射電流))が大きい(10〜20nA)ため,電子線による試料の損傷が見られる場合がある。特に,銀を主成分とする鉱物,硫酸塩鉱物,水分などの揮発成分を多く含む鉱物(沸石類や二次鉱物類など),ナトリウムを多く含む長石などは,試料の電子線による損傷が大きく,分析誤差が大きくなる。また,分析に時間がかかり,強い照射電流を長時間,試料にあてるので,その意味でも試料の損傷が大きい(電子線の照射時間は定性分析で20分〜30分,定量分析で約2〜5分程度。定量分析では一度に分析できる元素の種類が装置のチャンネル数(3〜5元素)に限られ,多種の元素を含む試料では2〜3回,正確に同じ場所に電子線を当てる必要がある)。
 電子線に弱い試料については,試料電流を下げるか,電子線のビーム径を広げるなどして,試料の損傷を小さくする必要がある。

 一方,定性分析チャートにおいて分析元素のピークが互いに重なり合う場合が少なく,ピークの分解能が良く,含有元素の同定に間違いが起こることはほとんどない(例:下図の鉛(Pb)と硫黄(S)を含む鉱物の定性分析チャート,ビスマス(Bi)と硫黄(S)を含む鉱物の定性分析チャート)。含まれる元素の組み合わせ(ピークの重なり)による誤差が少ないので,試料中の元素を0.05%程度の誤差範囲で定量分析できる。ストロンチウム(Sr)・ケイ素(Si)を共に含む鉱物(スローソン石(SrAl2Si2O8)など)や,硫黄(S)・ビスマス(Bi)・鉛(Pb)のうち2種以上の元素を共に含む鉱物(輝蒼鉛鉱(Bi2S3),方鉛鉱(PbS),コサラ鉱(Pb2Bi2S5)など)等も正確に定量分析できる。
 また,格子面間隔の大きな分光結晶(STEなど)を使うと,ホウ素(B)などの軽元素も比較的,良い精度で定量分析できる場合がある。
 なお,加速電圧:25kV・試料電流:10nAの条件では,加速電圧:20kV・試料電流:20nAの条件よりも電子ビームの収束が良く,5μm程度の鉱物粒子でもかなり正確に定量分析できる。
 
 定量分析において,分析精度は条件にもよるが,重量%で小数点以下第2位に達するのが普通で,一般にEDSよりも分析精度が高い。

鉛(Pb)・硫黄(S)をともに含む鉱物の定性分析チャート(PbMαとSKαの部分を抜粋したもの) ビスマス(Bi)・硫黄(S)をともに含む鉱物の定性分析チャート(BiMαとSKαの部分を抜粋したもの)

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定量分析)
 定量分析にはスタンダード(標準試料)を用いる。酸化鉱物・炭酸塩鉱物・硫酸塩鉱物・珪酸塩鉱物など,酸素を主成分とする鉱物の定量分析には酸化物や珪酸塩などのスタンダードを用いる。元素鉱物や硫化鉱物など酸素を含まない鉱物の定量分析には単体や硫化物のスタンダードを用いる。
 まず,スタンダードに電子線を当て,加速電圧毎の一定時間あたりのピークとバックグラウンドのカウント数を補正計算用のパソコンに取り込んでおく。

 一方,上の例で挙げた試料の定性分析の分析チャートを見ると同じ元素でも複数のピークが出ているのが分かる。特に原子番号の大きい元素は多種類の特性X線が出るためピークが多い。どの特性X線のピークを使って定量分析するかは他の元素とのピークの重なり合いもあるため,一概にいえないが,一般的には以下のとおりである。

ホウ素B(原子番号5)〜臭素Br(原子番号35):Kα
亜鉛Zn(原子番号30)〜Bi(原子番号83):Lα
金Au(原子番号79)〜ウランU(原子番号:92):Mα

 試料の定量分析ではあらかじめ定性分析チャートをよく見ておく。横軸で定量分析に用いるピークと他のピークが1mm以下の距離で近接している場合がごくまれにあるが,ほとんどは2mm以上の距離でピークが分かれている。
 そして,定量分析に用いる分光結晶の種類とピークを決定し,そのピークで試料の一定時間ごとのカウント数を取る。そして,ピークのそばのバックグラウンドのカウントも取る(例:下図)。
 なお,ピークの位置に分光結晶を合わせる作業は近年はコンピューターで自動化されている場合が多い。 → MnやFeなど,異なる価数をとり得る元素では,例えばスタンダードと試料で2+と3+というように価数が異なり,そのため,ピークの横軸の位置がスタンダードと試料でごくわずかにずれることがある(ケミカルシフト)。これによる分析誤差をなくすために自動でピーク合わせを行っている。
 また,補正計算も自動で行われる場合が多い。原理としては標準試料の種類,標準試料と鉱物試料の分析元素のピークのカウント数とバックグラウンドのカウント数,加速電圧,試料電流,特性X線の取出し角などのデータからZAF補正という計算方法で定量分析値を得る(Z:原子番号効果,A:吸収効果,F:蛍光効果)。

インジウム銅鉱(化学組成 CuInS2)の定性分析のチャートから決めた,定量分析を行うための元素ごとのピーク,および,そのピークの両脇のバックグラウンドの位置(バックグラウンドをとる位置は他のピークに重ならないように注意して決める)


なお,磁硫鉄鉱や浅熱水成鉱床から産した閃亜鉛鉱などの鉄の定量分析,硫砒鉄鉱の砒素・硫黄の定量分析などでは小数点以下第2位の分析精度が求められる。この場合,十分なピークのカウント数を得るためガスフロー型の検出器がついているチャンネルで分析する必要がある(ガス封入型の検出器がついているチャンネルは小数点第2位の分析結果を得るためのカウント数を得にくい)。

また,スタンダードと試料の蒸着膜の厚さが大きく異なると定量分析値のトータルが100%より大きく外れた結果となる。