「お風呂に入りに来てくれるお客さんと話すのが楽しいんです。」
今回インタビューに答えてくださったのは、「みなと湯」のおかみさんである 浅原 弘子(あさはら ひろこ)さん。「みなと湯」は昭和2年に建造され、岡山県の近代欧風建築の代表とされています。
約80年の歴史を持つ「みなと湯」の建物ですが、この建物と共に過ごした中で、印象に残っていることは何ですか。
「私が働きだした頃には、まだ石油がなく、石炭で湯を沸かしていましたが、石炭で火をおこすのは難しかったです。それも今ではいい思い出ですね。他にも、不器用ながら、天井や風呂のタイルを自分で修理したこともあります。私が直した所は、下手だからすぐに分かってしまいますよ。」
この建物の魅力はどんなところにあるとお考えですか?
「やっぱり使い勝手がいいところですね。それと、古いだけに建物の所々に味のある部分があると思います。そういうところも、最近できた銭湯とは違う魅力なのかな、と思っています。」
取材の最中に、自分で修理した箇所を教えてくださるなど、「みなと湯」の建物に対するあくなき愛着を、この取材を通して感じることができました。
みなと湯さんの建物は、現在では「文化財」となりつつありますが、周囲の様子はどのように移り変わってきたのでしょうか。
「昔はこの辺りにも銭湯はたくさんありましたが、溜川に橋を架ける際、川べり一帯の家が立ち退きを余儀なくされたんです。その頃からみなと湯周辺の町並みは変わってきましたね。」
「みなと湯」が建つ以前は、この界隈には銭湯がなく、周りの人からの要望で、「みなと湯」が建てられたそうです。今では銭湯自体をあまり見かけなくなりましたが、玉島でも昔は団平町、通町、仲買町などに銭湯が点在していたようです。
これからの抱負を教えて下さい。
「この建物には愛着があるので、将来にわたって残したいと思っています。今は商売というよりも、来てくれるお客さんと話したりするのが楽しいから続けているんです。これからも人とのふれあいを大切にして、この建物を守っていきたいと思います。」
おかみさんが話してくれたように、みなと湯の周りの街並みは家の立ち退きなどがあり変化していきました。その中でみなと湯は昔のたたずまいを残しています。これからも、玉島の歴史として建物を残してほしいと思いました。
最後に、これからも、親しみやすい「みなと湯のおかみさん」として頑張ってください。